[ No.1]
【平成の火種組】

タンスの奧で眠っていた創造力。
その値打ちに「瑞穂の女たち」は気がついた!
(1)

(京都塾アドバイザー 近藤雅雄)

 この夏、瑞穂ではオンナのパワーが燃えあがった。みんなの手でつくりあげた『住民によるファッションショー』。参加者も、こんなに本格的ですごいイベントになるとは思いもよらなかっただろう。ゲストの市田ひろみさんも「ファッションも素晴らしかったけれど、それ以上に素晴らしかったのが、みんなの参加」と神妙に語ってくれた。大成功をもたらしたエネルギーはどこからきたのか。その秘密を探りに、「瑞穂ふる里塾」の定例会へと“潜入”してみた。

会合
枝豆を売る。さて値段をいくらにつけるか…
10月ともなると、陽が沈むのはつるべ落としに早くなり、山もそろそろ奧のほうから色づきはじめる。秋めく気配の山陰街道を経て瑞穂町へ。
 瑞穂ふる里塾の本拠地は、町役場から道を隔てた向かい側。手描きの看板がかかる。もともと郵便局だったという建物を、所有者の好意で借りている「塾事務所」は、広々とした畳敷きの座敷ふうになっていて、格好の集会所だ。最近のイベントで使った立て看板やポスターが貼られ、隅に七輪がいくつも積み重ねられているあたり、ちょっと学生サークルのBOXといった雰囲気。
「小使いさんをやらしてもらってます」と笑う大西弘一さんは町職員で塾生。事務所のカギを開けておいてくれた。事務所に一番近い職場だから、カギを預かる立場となる。もちろん立場上、役場とのパイプでもある。こういう人は必ず、本格的に巻き込んでおくのが鉄則。で、やがて本人がハマってしまえばしめたものである。
 8時を過ぎ、すっかり暮れて、通りに1、2軒のお店が明かりを灯すだけになった頃、塾の人たちが三々五々集まってきた。

【瑞穂ふる里塾の生い立ち】平成4年9月9日設立。足かけ5年目に入った8年10月現在の塾生は39人。塾長は画家の谷田穎郎さん。設立当初は部会形式で5班に分けていたが「時期早尚だった」とひとつにもどした。

「こんばんわ」
「ごくろうさんです」

 みんな仕事を終えてからなので、なかなか一斉にスタートというわけにはいかない。集まった人から思い思いに話は始まる。塾長の登場で“議題”らしきところへ話がまとまっていく。話がどんどん進んでいく途中でも、次々と人がやってきて、そのまま話の中に加わる。テーブルの上にお酒を置いても、そのまま宴会の絵になってしまうノリである。
 この夜集まったのは12人。会社員、タクシードライバー、公務員、金融マン、…職業も多彩である。JA職員には、作付けの質問が集まっている。
 少し遅れてやってきたのは細井百合子さん。町の女性たちでふるさと産品づくりに取り組む“もえぎグループ”の代表もつとめている。この日は早めにここにやってくる心づもりをしていたのだが、NHKが取材の打合せにやってきていて遅くなった。番組は2週間後の『昼どき日本列島』。
「生放送やからいうて、ものすごい綿密な打合せ。それが松茸撮りたいっていうけど、今ごろ、もうあらへんしねえ」
「そやそや、今年は早かったからなあ。もう栗もないで」

「みんな、ああしたらいいな、と何かしら思ってはいるわけです。だから、何でもいいから話せる、みんなで何かを考える、まあ、ぼちぼちいこうと」
塾NEWS第7号 谷田塾長

この日の参加メンバーには細井さんも含めて女性が4人。畠中節子さんは看護婦さん。「夜勤があったりして、なかなか出てこられへんのやけどねえ」といいながら、この日の懸案、京都近鉄百貨店での『瑞穂ふる里塾展』の人員配置にどんどん参加。
 同じ看護婦仲間の山内博子さんは、瀬戸内で生まれて、山里が好きだったので結婚して瑞穂に来たという。
「もちろん主人もよかったんですけどね(笑)。谷田さんが“瑞穂が面白い”って絵を描いて呼びかけた時、せっかく瑞穂にいるんやからと思って。来てると楽しいし、同じ人生、楽しく過ごすほうがいいもんね」
 地元っ子の津田ふじのさんも、
「こういう機会をもってもらったのがうれしい。子供も手が離れたから、どんどん参加したいと思ってます」
 自然が大好きで、瑞穂を守っていきたいとふるさとへの愛着をにじませる。
 そんな、女性たちのパワーが一気に花ひらいたイベントが8月にあった。『みんなで考えるワイワイファッションフォーラム』だ。

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21ふるさと京都塾
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