|
[ No.2]
【平成の火種組】
住民の心がつながれば村づくりができる
村人たちにはそんな展望が 見えてきた!
(2)
みんなの心を村に向かせたい

委員長 大木満和さん 言葉の端々に村づくりへの情熱が 感じられる
|
大木満和さんが、高校卒業後10年近くの都会暮らしを経て下常吉に戻ってきたのが昭和47年。当時、集落のほとんどの家が“機(はた)”中心の暮らしをしており、顔を合わせても工賃や労働時間の話題ばかり――村が変わりつつあった。寄り合いに出ても、若い人が意見を言える雰囲気ではなかった。「同世代の人たちが本心から話し合える場が欲しい」、そう感じた大木さんは「難しい話はせんでもええから、月に1回でも寄ろう」と呼びかけ『十日会』が誕生した。とにかく集まることに意味があった。最初、公民館の前に五本の桜の樹を植えた。次に取り組んだのが「夏まつり」。小さなまつりだったが、村の人たちが集まった。
さらに、『十日会』メンバーの奥さんたちが『若妻会』(現在は『ひまわり会』と改名)を結成。これら二つのグループが二人三脚で「夏まつり」を始めとする活動を続けてきた。そして平成7年、町役場からの働きかけがあって十日会・ひまわり会のほか、子供会や農事組合などの団体が集まって『下常吉村づくり委員会』がスタートすることになる。
“二つの出来事”の後、大木さんは村のある長老から次のように言われた。「これまで、お前たちが何をしてるのか分からんかったが、村のことをここまで考えてたとは…」
村のビジョンをみんなで語る
我々が取材で下常吉を訪れた夜、『村づくり委員会』の役員会が開かれていた。平成7年に作った「村づくりビジョン」の具体化策が各部会から発表されている。
「農林業対策部会」部会長の大木博文さんはJA職員で、区長も務めている。農作業の受委託を軸とする地域農場づくりがテーマ。部会では準備作業として村の耕作マップを作成、全戸の農業機械の保有・利用状況調査も実施した。副部会長の大木保人さんはメンバーの中で最も若く、町役場の職員。「コミュニティ対策部会」からは、特色のある公園広場づくりと平地地蔵まつりについての計画が部会長の大木幹雄さんから提案される。大木さんは織物業を営み、今では数少ない“全日制住民”の一人。「生活環境対策部会」が担当するJA支所跡地への「常吉村営百貨店」建設計画は、委員会としての当面の重点事業である。副部会長の広野公昭さんが自らの経営ノウハウを駆使して練り上げた計画は、地域の必需品と地元産品の販売をコンセプトに、具体的な品揃えから販促計画、人件費・売上目標までが綿密に検討されている。「この計画は、村の利便性を維持するという目的だけでなく、村の拠点・シンボルであり、これからの事業展開のきっかけづくりとなるものです」と広野さんは強調する。既に村の有志が出資した有限会社も設立され、12月のオープンをめざして準備が進められつつある。
これが“常吉流”村づくり

いつも熱気をおびる下常吉村づくり委員会 の役員会
|
「ビジョンは作ったんだが、それを実行するための力が弱かった。地区全体の盛り上がりとか意識づけが必要だと感じたんです。だから8年には、コンサートや寺子屋などのイベントをやった。回り道かもしれないが、それが“常吉流”の村づくりなんです」と語る大木満和さん。各部会からの報告を聞きながら、大木さんが続ける…「村の先輩たちが作ってくれた基盤が、村の暮らしが変化する中で危なくなっている。荒廃させたくないという気持ちでやってきたんですが、ようやく、みんなで考えたり、役割を分担したりすることができるようになってきました」
村を沸かせた“二つの出来事”は規模を拡大して今年2回目が開かれた。そして今進められている村営百貨店建設は村づくりの第2ステージ、来春からは第3ステージである地域農場づくりに着手するとか。動き始めた村づくりのスピードはますます加速されつつあるようだ。
|