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[ No.3]
【平成の火種組】
“みんなのキャラクターをどれだけ引き出せるか”
が人づくり・組織づくりのキーワード
(1)
(文・フリーライター 長谷川菖子)
「宇治茶」で有名な宇治田原町は、日本緑茶の発祥の地として味わいゆたかな日本の銘茶を守り、育て続けてきた。この町に「21お茶のふるさと塾」が結成されたのは平成6年12月。この3年間の塾の活動を、宇治田原町役場産業経済課の今西又彦課長は、「点が線になり、面になる。やっと線になりかけたところだ。教育の面でも塾が頼りにされ、商工関係でも森林関係でも元気が出てきた。結果として目に見えるハードなものではないが、塾の影響でよそが動いてきたというのはすごい力だ」という。町のネットワークの核になりだした「21お茶のふるさと塾」を訪ねて、元気の秘密を聞いた。
何と平均年齢が36歳!

親子で参加した茶つみ体験
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若さを誇る塾員の平均年齢は36歳。塾員24人のうち男性17人、女性7人で構成され、年代別にすると20代が4人、30代が15人と40代が5人である。農業、自営業、会社員、主婦と顔ぶれも多彩だ。
これだけ年齢が若いのにはすこしワケがある。それは設立当初、「活気に満ちた自主性のある塾をつくる」という町の主旨で、塾員を募るときに「20歳以上50歳未満の方」という年齢制限を設けたからだ。
当初、応募してきた人は六人だった。募集人員に満たないため各地区から手分けして勧誘をおこなって、21人の塾員をそろえ、設立にこぎつけた。
はじめて開いた塾委員会では、塾の将来像について雑談とも議論ともつかない話し合いを夜遅くまでやったという。事務局の提案もはね返すほどの議論は、当初のねらいどおり「活気ある、自主性にとんだ塾」を創り出した。
職業も年齢もちがう、知らないもの同士が集まるのだから、コミュニケーションを大切にする。心を開いて自由に話し合える環境を築いていかないと後が続かないということを発足当初から共通の認識にしていった。だから塾では腹を割ったざっくばらんな話ができる。
はじめの1年間は「とにかくあわてんとこ、まず外へ目を向けるより中を固めようということでやってきた」と、小山忠成塾長さん(49・農業)は人づくりに心を配った。

子どもに京番茶の実習(中央が小山塾長)
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そして2年の任期が終わったとき、塾員の交代をおこなった。当初の募集では、ある意味では無理をして寄せ集めたような傾向もあったため、仕事などの関係でほとんど塾の集まりに出てこれない人も出た。そのため2期目は、「地域で頑張ってもらえる人」を条件にあらたに募り、平成8年、24人の塾員で2期目をスタートした。
塾長の小山さんは「みんながすごいキャラクターをもってるんですよ」と目を細め、そのカラーをどれだけ引き出せるかが人づくり・組織づくりの基本だという。それだけに、塾では「人」を大切にする。
たとえば、塾と住民を結ぶ「21お茶のふるさと塾」のニュースづくりをみても、そのスタンスがうかがえる。
ニュースづくりは7人の編集委員で行い、発行部数は3000部。寄せられた原稿は1字1句みんなで読み合わせ、確認していく。修正をする場合は、「迷惑がかからないように」と、編集が得意な田和弘子さん(40・主婦)が書いた人の家まで訪ねて、いっしょに手直しをする。投稿者の気持ちを大切にし、時間も手間もかけて作り上げる。
「人づくり、組織づくりいうのは、あわてたらあかん」というのが、小山塾長さんの信念だ。 |