|
[ No.4]
【共生への一歩】
今、都会にも農村にも求められるもの

中西信彦
(社)地域社会計画センター研究開発部長(京都塾アドバイザー)
15年の東京暮らしを終え、久しぶりに京都に戻ってきました。
『京都の夏は暑い暑い』 と思いながら、随分歩くことが多くなりました。小さな八百屋さんや食べ物屋さん、「なにしてはんのやろ」と思うお家やお店を見ながら、歩いてしまいます。そう言えば「まえ京都にいた頃もよう歩いたな」と懐かしくおもい出します。
といっても15年の暮らしの中で東京でもよく歩いた町はいくつかありました。神田や湯島、上野といった下町には、木造の三階建てがあったり、ひょこっとお宮さんがあったりする町があります。大都会に残された小さな空間に、夏になればメリヤスの肌着がなびいていたり、蝉がひとしきり鳴いてたりと、足を軽くさせます。しかしそんな風景も、地上げ以来随分変わってしまいました。
もう一つ、京都に帰ってきて半月余りで二度びっくりさせられました。一度は大学へ帰洛の挨拶に行った時のこと。「戻ってきました」と言ったところ、「知っとる。昨日、烏丸今出川のバス停におったやろ」とのこと。もう一度は、20年ぶりの友に路地裏でよびとめられたこと。東京での生活では、職場を離れてから知り合いに会うことはありません。とても不思議で、新鮮なおもいを呼び起こされるものでした。
長い歴史を持つ町は、人と人との触れ合いや伝統を大切にします。これは東京も京都も同じです。こうした触れ合いや伝統は、暖かくもあり懐かしくもありますが、その一方で煩わしくもあり非効率的な面もあります。東京は、その意味では淡泊であり、過去に拘らない様々なチャンスを提供し、とくに若者を魅了してきました。
ある意味では、その対局に農村部はあります。長い歴史とそこで培われてきた人間関係と伝統、人間の主体的努力に対する自然的要素の大きさといった事柄です。
しかし考えてみると、今日の農村部は巨大都市東京と同じ側面をも持っているようにも思えます。急激な人口流出の中で歴史や伝統を維持できなくなり、都市化を希求する傾向が強くなっています。そのために活性化と呼ばれる社会構造の急激な変化を求める動きがバブル期を通じて全国に蔓延しました。しかし金太郎飴的な施策は、一部を除けば失敗に帰したことは周知の通りです。
その意味で京都という町は不思議な町です。大都会としての雰囲気を持ちながら、歴史や伝統を頑として守る風土があります。
いまや我が国も、青年期から壮年期・成熟期にさしかかろうとしています。新しさや奇抜さを追うだけでは生きてはいけません。地域が蓄え育ててきた歴史や伝統、自然風土と共生した新しい時代を築く工夫や英知が、今必要となってきていると考えさせられたこの夏でした。
■プロフィール
1951年 (昭和26年) 生まれ。農学博士。「都市化農村における土地利用秩序形成に関する研究」で、農業土木学会賞・奨励賞を受賞。農水省や国土庁、府県、市町村の地域整備計画調査に数多く参画し、実践的な計画づくりを手がける。
|