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[ No.8]
【平成の火種組】
「夢物語が、語れるようになった」 願いを煮つめてカタチに
伊根塾(1)
丹後半島の伊根湾に広がる伊根町。ここに塾ができたのは平成九年。三年目にはいった今、これまでの塾活動の中間報告をまとめようと、活発な論議がおこなわれている。今回は、そのまとめのための会議があるという日、伊根塾を訪ねた。

結成2年目、手づくりで塾舎を建てる塾生たち
海あり、山あり、畑あり、観光あり、範囲が広すぎてどこから切り口をしぼっていったらいいのかわからない。と、模索しながら三年目。枦木塾長は設立当時を語る。「何をしたらいいのかわからない。会議を開いても全員集まらない。いつもイライラして、論議をしては“もう辞める!辞めん!”とよく喧嘩をした」。枦木さんが、“あ、塾ってこれでいいのか”と吹っ切れたのは、平成九年一一月の府農林水産フェスティバルの「21ふるさと京都塾・市町村塾展」に参加してから。他の塾と交流して、やっと「塾」のイメージが湧いてきたのだ。それまでは何かを残さないといけない、だけど銭もないし、全員集まらないしと焦るばかり。自分の夢ばかりが独り突っ走っていたことに気がついた。それ以来、塾生と他の塾との交流を大事にしている。これまでに紀伊長島町、町並み保存の愛媛県内子町などへ年二回、研修や交流に参加してきた。
毎月一九日をジュク(塾)の日として定例会議を持っている。定例会議は定時にきっちりと終わるので十分話し合えるとは言えない。ところが、研修のときは時間を気にせず、大いに語り合えるのだ。「こういうときにいろんなアイデアが出る」と枦木さん。いま論議している屋形船構想も研修時のバスのなかで出てきたものだという。
この日の会議は、養鶏農家の塾生が差し入れたゆで卵をつまみながら、和やかにかつ真剣な論議が交わされていた。

中間報告書作成に向け、塾委員会では熱心な議論が続く
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関心の的は人を増やすこと
伊根町の人口は、三三集落で三三〇〇人強。平成九年の動態は、二五人出生、四九人死亡、転入六八人、転出一〇一人。トータル五七人減となる。府下一の高齢化地域だともいわれている。それだけにいかに人口を増やすかに皆んなの関心が集まり、論議も活発だ。
▼毎年五〇人増やさねば現状を維持できない。各集落に一家族がUターンする運動をすれば、解消する数字だ。集落で彼らを受け入れるためのサポートが必要。▼漁協には毎年二〜三〇人が雇ってくれないかと、職を求めてやってくる。悲しいかな、雇っても住む所がない。▼町が土地を買って家を建てるくらいの元気がないとあかん。▼空き家が少ない。空き家があっても、“よそ者は…”という意識がまだある。伊根にこういう人に住んでほしいというビジョンを住民自身が出さなければ。▼働く場がなくても、住む場があれば近隣の市町村に通勤することも可能だ、等々。
伊根町のプロフィール
伊根町は丹後半島の先端に位置している。天の橋立から丹海バスで約60分。海岸沿いの地域と内陸の山間部とは、地域の性格が異なる。港の背後には山があり、地域の人々はけわしい土地を耕して漁業経営を補ってきた。浦島伝説の浦島(宇良)神社や徐福伝説などのほかに、伊根湾に面した舟屋の景観が最大の観光資源である。高齢化、過疎化がすすむなかで、特に山間地域での人口流出がすすみ、幾つかの集落が廃村となっている。
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