[ No.9]

特集●辺境を逆手に田舎の妙味

都会人を誘うヘルシーな空間 ──宮津市木子集落を訪ねて

 「本当になにもないとこやで」―そんな話に逆に刺激されて、都会からやって来た家族連れがいました。遊興・娯楽施設があるわけでない。ただ、広がる高原、漆黒の闇、満天の星、野面を渡る風、緑したたる木々、そして素朴な味。田舎らしい田舎です。そんな辺境に引き寄せられて、都心での疲れを癒そうとする人たちが最近目立つようです。宮津市に属するとはいえ、丹後半島の深奥部にある木子集落に、田舎の妙味を探りました。

(取材・玉岡博匡)

人気呼ぶソバ・山菜・薬草
――新住民で豪雪地帯よみがえる活性化の推進に弾み

写真
杉の木立に囲まれたペンション「自給自足」。右下がソバ打ち小屋。左上方の中腹に小さく屋根の見えるのが西原牧場

 レジャー客で賑わう天橋立周辺の渋滞を抜けて20キロ、曲がりくねった山道を上り詰めた先に、世屋高原が静かに広がっていました。標高500メートル。大フケ湿原や国営農場のトウモロコシ畑を吹き渡る風の涼やかなこと。セミしぐれに混じって、すだく秋の虫、おやっと思うとウグイスの声も。突っ立つ杉の、木の間隠れに民家がちらほら。宮津市の木子集落です。

地図
 一見、平穏そうな集落ですが、過酷な激動の歴史を秘めています。丹後地方のなかでも殊に雪深いこの地域。暮らし、仕事、教育、さまざまな面で不便をかこつさなかを直撃したのが1963年(昭和38年)のサンパチ豪雪でした。「記録破りの積雪“陸の孤島”続出」「現地の野菜不足深刻」「孤立部落へ救援ヘリ」―北陸から山陰にかけて集中した災害状況を伝える新聞紙面には、連日大きな活字が。木子集落でも積雪は4メートルに達し、道路わきの電柱はすっぽり埋まって、人々はわずかに見える電線伝いに往き来したといいます。

 この白魔の恐怖が引き金になって48戸270人を数えた人たちは、じりじりと挙家離村していき、遂に空洞状態に。あちこちに林立する杉は、集落を去るにあたって屋敷内に植えていったものでした。その杉が樹齢30年を数える間に、ほとんど無人になっていた空間は様変わりしました。他地域からぽつぽつと移住者が入り、6世帯に。残っていた旧住民は80歳、78歳の独り暮らしの2世帯だけになり、入院などで集落を離れていったので、木子集落はすべて新住民ということになりました。

写真
美しい縞模様を描くソバ畑

ふるさとINDEX][HOME][NEXT>>
line

21ふるさと京都塾
〒602-8054
京都市上京区出水通油小路東入丁字風呂町104-2
京都府庁西別館 京都府農業会議内
TEL075-441-3660(代) FAX075-441-5742